私学、陽炎の教育とは⑫
(月刊なごやか NO.433(令和5年3月)掲載)
( 転載にあたり掲載時の内容・趣旨に基づき修正、順番を入れ替えております。)

市邨先生に限らず、幕末や明治の人々が遺した言葉には、しばしば現代でも通用するような、鋭い社会認識が潜んでいます。激動の時代を経験したからこそ、社会の本質に触れられた面があるのかもしれません。

大正十二年に、市邨先生は友人から「南洋の小猿」の夫婦をもらいました。種類はわかりませんが、現在でもペットとして人気の高いリスザルでしょうか。サルの夫婦は仲が良く、オスがメスを優しく毛づくろいするさまは大変愛らしかったそうです。

風やわらぎ、日あたたかき時、箱を南庭に出せば、彼らは満身陽光に浴して欣々たり。しかして、オスはメスを撫でまわし、毛をわけて蚤を除くなど、その情の細やかなる、まことに見る眼にも快きほどなり。

ただし餌やりの時間になると、オスの態度は一変してしまいました。メスを押しのけて餌を独占し、満腹するまでかけらも渡さないのです。

しかるに、これに餌を与うる時にあたりては、オスの態度たちまち一変し、メスを押しのけ、まず餌をとりて、みずから飽き、なお四手にてつかみたる後ならでは、メスをして一指をだも餌に触るるを得ざらしむ。

市邨先生はそれを見て「人もまたこの小猿のごときか」と思ったそうです。のちに「大正デモクラシー」と呼ばれたこの時代には、日本の男性も、女性の教育や地位向上に理解を示すようになりました。しかしそんな彼らも、女性参政権の話になると「たちまち態度を一変して婦人を排除」することがしばしばだったのです。これでは、餌を手にしたオスザルと変わりません。

一方に婦人の教養を進め、婦人地位の向上を計りながら、国民としてもっとも大切なる参与権の問題にいたれば、たちまち態度を一変して婦人を排除するは、餌を受くるにさいしてのオス猿と選ぶなきにあらずや。予は、切に日本の男子の反省を促さざるを得ず。

市邨先生から見れば、男性たちは差別的な言動により、彼ら自身の首を絞めてもいました。先生は、名古屋女子商業を設立して間もない明治四十二年に「日本国の半分は女子たちの肩にあり」と語っています。女性を政治や経済活動から締め出すことは、道義的に許されないだけでなく、国民の半分を占める人材を無駄にし、繁栄のチャンスをみすみす逃す愚行でもあるのです。

市邨先生の考えは、その後いっそう説得力を増した、といえるかもしれません。現代では、民主主義は欧米以外の地域にも広がりましたが、民主的な国のほうが豊かな傾向はつづいています。近年、経済学者のダロン・アセモグルとジェイムズ・ロビンソンは、その理由を次のように説明しました。非民主的な国は特権階級だけを優遇するため、そこからはみだした人々の才能やアイディアを有効活用できず、経済的に衰退しやすいのだと。

アセモグルらの説は、戦前の日本にも当てはまるでしょう。当時の日本女性は、参政権以外にも多くの権利を奪われていました。大学への進学も許されず、結婚後は、家の外へ働きに出るにも夫の許可が必要だったのです。当時の日本に、天才的な科学者になれる資質を持つ女性が生まれていたとしても、才能を満足に発揮できなかったでしょう。

繁栄を望むなら、誰もが資質に応じて充分に活躍できる国をめざさなくてはなりません。市邨先生が女子に商業教育の門戸を開き、女性参政権に賛同したのも、女性を不当な扱いから救うためなのはもちろん、日本全体の発展を視野に入れてのことでもありました。差別や不平等の撤廃は、あらゆる人々の利益になると、市邨先生は当時から仰っていたのです。

寄宿舎前での市邨先生と生徒の記念写真(昭和9年頃)

参考文献
山崎増二・杉浦太三郎・伊藤惣次郎編  『市邨先生語集』 市立名古屋商業学校・名古屋女子商業学校・名古屋第二女子商業学校 1926
ダロン・アセモグル ジェイムズ・A・ロビンソン  『国家はなぜ衰退するのか 権力・繁栄・貧困の期限 上・下』 早川書房 2013年

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